東洋のマチュピチュへ

 
 みなさま ご無沙汰でっす!

 かあさんがサボってばっかりですが、元気に過ごしておりやす。

DSCF0126_convert_20130429075108.jpg

なんだか今年は 気温のアップダウンが激しくて 地球が氷河期の入り口なん?  なんてバカなことを考えていまっす。



 
ゴールデンウィークの初日に お出かけして来ました。


目的地は「東洋のマチュピチュ」ってよばれてる 愛媛県新居浜市東平(とうなる)地区。

別子銅山の採鉱本部が置かれていた山の町として 大正から昭和初期に賑わったところです。




今回は 標高約600m辺りの東平から銅山ヒュッテを歩いてみます。

時間にして往復3時間あまりです。





索道基地跡と貯鉱庫跡
DSCF0076_convert_20130429070954.jpg


記念撮影
DSCF0078_convert_20130429071515.jpg  DSCF0079_convert_20130429071639.jpg

DSCF0077_convert_20130429071322.jpg






DSCF0082_convert_20130429071805.jpg


DSCF0083_convert_20130429072202.jpg

レンガ作りでしっかり作られています。



山に向けて 歩いて行くと

DSCF0088_convert_20130429072640.jpg

DSCF0087_convert_20130429072427.jpg

社宅跡です。階段が家のあったのを思い出させます。






少し進むと

DSCF0091_convert_20130429072843.jpg
DSCF0094_convert_20130429073407.jpg



第三通洞

DSCF0100_convert_20130429073620.jpg
ここを過ぎると ただひたすら登り通です。

石がごろごろして 意外とキツイ。




山の中に社宅があったんだな と思われる場所があるが、森になってしまっていた。

この森の中に 小学校 中学校 娯楽場 病院などがあり、最高4000人ほどの人数が暮らしていたらしい。

かつて世界一の銅の採掘を誇った別子銅山。

元禄4年から昭和48年の閉山まで300年の間・・・・こんなに永い間採掘していたんだぁ。

明治時代には 標高1000メートルを超える山中を 日本初の鉱山鉄道が走り 水力発電所も建設された。

すごい文明ここにあったんだ!!


DSCF0123_convert_20130429074909.jpg

DSCF0111_convert_20130429074554.jpg

DSCF0110_convert_20130429074331.jpg




もりとハルは

もりちゃんは ひぃひぃ言い出したので 服を脱がすと すたこらさっさぁ~。

元気に登山です。



ハルは・・・・・弱点発見!

DSCF0113_convert_20130429074722.jpg

橋が・・・・・・

DSCF0107_convert_20130429074113.jpg

橋が・・・・・


苦手!!




父さんに失笑されながら 往復してきました。





時を経て 街は森になってしまっていたが、

確かに 沢山の人が暮らしていたことがわかる。

時代が移るってことは なんともすごく 儚いものなんだなぁ。









DSCF0124_convert_20130429075302.jpg
 疲れたぁ~~~。
 
 でもね 鉄の橋も真ん中を渡るって知恵があるって 誉められたよぉ!!

 ハルより知恵蔵だってよぉ ほほほぉ。




 


ハルちゃん 次は 「祖谷のかずら橋」行くかぁ?











DSCF0125_convert_20130429075457.jpg

へっ!

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。